月刊J-LIS 2020年8月号

「より良い復興(Build Back Better)」へと導くSDGs

「持続可能な開発目標(SDGs:エス・ディー・ジーズ)

1 世界を変えるための 17 の目標

 「持続可能な開発目標(SDGs:エス・ディー・ジーズ)1)」は、2030年までに先進国も開発途上国も協力してこの世からあらゆる形態の貧困をなくし、経済・社会・環境のバランスを大事にして後世につなげていくことのできる未来をつくろうという、17のゴールからなる世界目標です。2015年9月に国連サミットで採択され、今年で実施5年目、最終年まで10年という節目を迎えます。さらに、SDGsと車軸の両輪をなす、世界の気候変動対策の枠組みであるパリ協定も今年から実施が始まりました。日本について言えば、安倍総理大臣を本部長とし、全ての閣僚が参加する「SDGs推進本部」が昨年12月、SDGs実施指針を改定しました。改定された指針は、2020年から2023年というSDGs推進の非常に重要な局面において、取り組みの拡大と加速化を牽引するものです。
 昨年は首脳レベルでSDGsの進捗の点検会合を4年に一度行う年にあたり、9月の国連総会ハイレベル・ウィーク期間中に「SDGサミット」が開催されました。サミットでアントニオ・グテーレス国連事務総長が強調したように、前進はあるものの、より規模感とスピード感をもって取り組まなければ達成できないという現状が浮き彫りになっています。
 例えば、最近の貧困削減のスピードの鈍化により、このままでは2030年に深刻な貧困状況にある人々が6%も残ってしまい、ゼロにはならない見込みでした。達成を目指して取り組みに拍車を掛けるために、今年の1月1日から「持続可能な開発に向けた行動と遂行の10年」が立ち上がっています。
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大する前からすでに目標達成の道筋から外れてしまっていましたが、グテーレス事務総長が設立75周年の節目を迎える国連の歴史を振り返って「最も困難な人類の危機」と言うように、COVID-19は南極を除く全ての大陸に瞬く間に広がり、保健医療のみならず、社会・経済の広範な分野において、ギリギリの生活をしている脆弱層を筆頭にあらゆる層に対して大打撃を与えています。
 国連大学の分析では、COVID-19の影響で新たに開発途上国において5億人が貧困に陥り、貧困撲滅の努力を10年後戻りさせてしまうと見られています。
 COVID-19への対策と復興においては、コロナ感染拡大以前の社会に戻すのではなく、コロナ禍で可視化された社会の様々な歪みを直視し、「誰一人取り残さない」を大原則に広範にわたる分野を統合的にとらえるSDGs的なアプローチを基本に、より包摂的・公正・グリーンで真に持続可能な社会にシステムを転換するきっかけにすべきです。
 国連で「より良い復興(Build Back Better)」という言葉で語られる概念ですが、ますますSDGsの羅針盤としての役割が重要になってきています。

2 なぜ SDGs は生まれたのか

 SDGs誕生の背景には、「このままではこの美しい地球を、豊かな社会を将来世代につないでいけない」という強い危機感がありました。貧富の格差が先進国内でも途上国内でも国と国の間でも広がっています。経済のグローバル化は概ね人々の生活を便利にして世界を豊かにしましたが、その恩恵は平等に行き渡ってはいません。ソーシャルメディアの発達で、腐敗や不公平のニュースは瞬く間に拡散され、人々の間に不平等感と怒りを植えつけ、格差と不満が社会を不安定化し、世界中でデモや衝突が起きています。今年5月にアメリカで起きた、ジョージ・フロイドさんの悲劇的な死亡から燎原の火のように世界に拡がったBlack Lives Matter運動2)しかり、です。
 紛争の数が増え、安全を求めて移動する難民・避難民の数は第二次世界大戦以降最高の水準になり、移民・難民への偏見や排他主義があらゆる地域で広がっています。さらに、今世紀に入って気候変動が「人類の存亡を左右する脅威」として猛烈なスピードで深刻化しています。小さな島国では地球温暖化による異常気象や海面上昇などの影響で移住がすでに現実のものとなり、日本でも台風の大型化、水害の増加が顕著で、ドイツのNGOが発表した気候リスク指数では、2018年日本が一番リスクの高い国でした。2019年に経済的な損失が最も大きかった気候災害は日本を襲った台風19号であり、日本は気候危機の最前線にあります。
 今年7月には九州をはじめ日本各地を大水害が襲い、祈るような気持ちでテレビの報道を見ましたが、キャスターの「50年に1度の雨量」という言葉が印象的でした。今後、歴史的な規模・強度の風水害がより高い頻度で起こりやすくなるとみられ、気候災害リスクの高い日本ではこれまで以上に警戒が必要になります。

2020年1月、SDGs達成のための「行動の10年(Decade of Action)」がスタート

3 SDGs を自分事に

 SDGs は極めて野心的で、2030年にあるべき社会の姿からバックキャスティングして行動することを求めています。国も自治体も企業もNPOも学校も、そして個人も、あらゆるアクターが全力を尽くさなければとても到達できるものではありません。私が様々な機会をとらえて「SDGsを自分事に」と強調しているのは、このような背景があるからです。世界レベルで課題を考え、世界と自分の足元とをつなげて自らの行動を起こす「Think Globally, ActLocally」の精神が重要です。
 例えば、2017年の第1回「ジャパンSDGsアワード3)」の最高賞を受賞した北海道下川町は、人口約3,400人の少子高齢化に直面する自治体です。豊かな森林資源を生かした木材・木製品の生産、健康や教育への活用、バイオマスの再エネ活用、バイオマスの再エネ熱供給システムを核としたコンパクトタウンなどに取り組んできました。町民を巻き込みながら、SDGsのゴール・イヤーを意識して「2030年における下川町のありたい姿」をとりまとめています。
 さらに、SDGsの大原則として知っていただきたいのは「誰一人取り残さない」という考え方です。すなわち、置き去りにされがちな少数者の存在を認識し、こうした人々を最初から包摂すること。SDGsについて講演すると、よく参加者の方からこの大原則に強く賛同するという声をいただきます。一人ひとりの尊厳と個性を貴ぶ姿勢は、不寛容の風が強く吹く今だからこそ、置き去りにされがちな人々の間で深い共感を生むことでしょう。人権に根差した「誰一人取り残さない」という原則の力を実感しています。

4 危機的状況におけるICTの役割

 前述したように今年、世界的に大流行しているCOVID-19でも、対策の基本方針として「誰一人取り残さない」という姿勢が大切です。休校措置の広がりで、日本も含め世界で学校・大学に通う生徒・学生のおよそ9割にもあたる15億4,000万人が教育機関に通えなくなっていると国連教育科学文化機関(UNESCO:ユネスコ)は推定しています(3月末時点でユネスコが本部ウェブサイト上に公開している推計4))。遠隔授業・学習が有効な手立てになりますが、日本でも全ての家庭にICTへのアクセスがあるわけではなく、きめ細かな対応が必要となります。途上国や紛争の影響下にある国ではさらに深刻です。
 そこでユネスコは、携帯通信事業者の業界団体などと連携して、ICTの普及が遅れている途上国で遠隔授業・学習へのアクセスを拡大する取り組みに乗り出しています。
 グテーレス国連事務総長がCOVID-19パンデミックを指して、「第二次世界大戦以降、国連が直面する最も困難な危機」と述べているように5)、保健・医療・人道の分野にとどまらない、社会・経済全体を揺るがす人類の危機です。私たちの暮らし、仕事、経済、権利など包括的な視点からとらえ、かつ取り残されがちな人々への手当てを早い段階から対応しなければならないCOVID-19対策は、まさにSDGsの実践の現場です。
 SDGsの実践に向かい合うと、課題同士、担い手同士のつながりへの意識が深まり、ものごとをつなげながら統合的に考える力や、思いとリソースやネットワークを持った人同士を結び付けてより良い方向を目指すプロデュース力が鍛えられます。SDGsという包摂的な枠組みを通じて、より大きな波及効果を目指すつながりが生まれることを期待しています。
 日本では、小学校は2020年度から、中学校は2021年度から学習指導要領にSDGsが盛り込まれ、生徒たちはSDGsについて学ぶことになります。その動きを先取りしている学校や先生たちはすでにSDGsを授業に取り入れており、それは様々なSDGs認知度調査の結果からも明らかです。ここ数年で、若年層のSDGsの認知が急激に伸びています(図)
 「ザ・正解」というもののない課題について、柔軟な頭と大胆な行動力で、まずは地域の直面する課題や日々の暮らしの中で気になることから思考を深め、自分にできるアクションに取り組んでもらいたいと思います。毎日の暮らしの中で手にする商品が、どこでどのように作られて手元に届けられたのかを考えることから始めるのもいいでしょう。
 気候ストライキに参加する若者たちは早晩消費者や社会の担い手の中心になります。そのとき、ゴール8の「働きがいも経済成長も」やゴール12の「つくる責任 つかう責任」を物差しに商品やサービスを選ぶ人たちが確実に増えることでしょう。そうした社会の要請に応えられるビジネスモデルを企業が積極的に追求することは不可欠です。

図  【年代別】「あなたはSDGsという言葉を聞いたことがありますか」にあると回答した人の割合(前回調査比較)

図  【年代別】「あなたはSDGsという言葉を聞いたことがありますか」にあると回答した人の割合(前回調査比較)

5 若者がリードする気候変動

 未来の子どもたちが歴史を振り返るとき、SDGsをポジティブな遺産として感じてもらえるよう、将来世代の芽を摘むことなく多様な人々が自分らしく暮らしていける社会の実現に、今の若者たちにも担い手として行動してもらいたいと願っています。スウェーデンの少女、グレタ・トゥンベリさんは15歳だった2018年夏に、「子どもたちの将来を奪わないで」と政治家たちに気候行動のリーダーシップを求める座り込みをたった一人で始めました。この動きが共感を呼び、「未来のための金曜日」という若者中心の気候ストライキ運動としてまたたく間に世界各地に広がりました。彼女はアメリカのタイム誌が選ぶ2019年の「今年のひと」に選ばれ、「気候ストライキ」はコリンズ英語辞典の選ぶ2019年の「今年のことば」に選定されました。
 彼女のメッセージは明確です。「科学者の声に耳を傾けて」「私たちには時間がない」と2019年9月の国連気候行動サミットでも、12月の気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)の場でも繰り返し言っています。2018年10月、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の科学者たちが「このままでは、早ければ2030年にも世界の平均気温は産業革命前と比べて1.5℃上昇してしまう」と警鐘を鳴らし、世界に衝撃を与えました。同時に科学者たちは、1.5℃上昇と2℃上昇の世界を比較しつつ、1.5℃上昇に抑えることができれば、海面上昇や北極の氷の融解やサンゴの死滅などをある程度抑制することができ、地球を将来につないでいける余地が広がることも示しています。それを可能にするのに必要な道筋は、2050年までに脱炭素を達成することです。ただ、そのためにはこれから2030年まで毎年7.6%の割合で温室効果ガス排出の削減が必要だという非常に厳しい目標を国連環境計画は示しています。
 コロナ禍による社会経済活動の激減で世界の温室効果ガス排出が減り、大気汚染が改善されましたが、復興において元に戻ってしまうことがあってはなりません。日本政府も古い石炭火力発電所での発電量を2030年までに9割削減する方向性を発表しましたが、より踏み込んだ対策も俎上に載せて欲しいと思います。

ガザの視力障害者リハビリ施設で提供されたタブレットで学習する13歳の生徒 ©2016 UNRWA Photo by Tamer Hamam

東京で行われたグローバル気候マーチに参加した筆者 ©UNIC Tokyo

6 暮らしの中から始める SDGs

 私たちが個人レベルでできることはたくさんあり、私は大量生産・大量消費・大量廃棄に基づく私たちのライフスタイルを見直すことを強く提唱したいと思います。今年7月1日からレジ袋の有料化が始まりましたが、使い捨てのレジ袋やプラスチック容器は使わない、食品ロスを減らすとともに野菜中心の食内容に転換し、カーボンフットプリントの少ない地元の食材を食べ、服や繊維素材をリサイクルするなど、日常生活の中で取り組めることがいろいろあります。地球環境戦略機関(IGES)は「平均的な日本人のライフスタイル・カーボンフットプリントの約70%は『食』『住居』『移動』に関連し、これらの領域における脱炭素型の暮らしへの転換が効果的であり、すでに実践可能な複数の選択肢が存在する」と指摘しています6)
 2020年は国連にとって75周年の節目の年です。国連が100周年を迎える2045年、どのような社会を望むのか、それに向けて何が課題で、それに対して自分に何ができるのか、という三本柱でのグローバル対話をパートナーと連携して世界中で展開しています。それは取りも直さず、SDGsについて見つめ考えることになります。さらに国連は人々の声を受け付けるためのアンケート7)をグローバルに実施していますが、6月25日の時点ですでに23万人が参加し、193の国連の全加盟国から声が寄せられています。日本からも多数の回答を得ており、国連事務総長に対して提言することもできます。
 この原稿を執筆している7月半ばの時点で、世界の人々が私たちの将来に最も大きな影響を与える懸念事項として挙げたのが「気候変動と環境問題」です。このアンケートの結果は9月に国連総会に対して事務総長が提出する国連創設75周年の特別報告書のベースになると同時に、国連の今後の取り組みでも大いに参考とされる重要な「世界からの声」といえます。読者の皆さんにも、皆さんの地域や組織の中でこのグローバル対話に関わることを検討するとともに、個人としてもアンケートを通じて声を国連に届けていただきたいと思います。
 SDGsは2015年9月、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の一部として全ての国連加盟国の総意で採択されました。2030アジェンダの宣言は「我々は、貧困を終わらせることに成功する最初の世代になり得る。同様に、地球を救う機会を持つ最後の世代にもなるかも知れない」と記しています。世界は今大きな岐路にあり、2020年は様々な意味で後の教科書に記される年になるでしょう。後の子どもたちがこの年を、世界が結束して取り組みを強化することができた転換点として学ぶのか、それとも国際社会の瓦解を許してしまった年として記憶するのか。それは私たち一人ひとりの姿勢と行動にかかっているのです。


  •  1) https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/
  •  2) 黒人に対する暴力や構造的な人種差別撤廃を訴える運動
  •  3) https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/award/index.html
  •  4) https://en.unesco.org/covid19/educationresponse
  •  5) https://www.unic.or.jp/news_press/info/37010/
  •  6) https://www.iges.or.jp/jp/news/20200130
  •  7) https://un75.online/?lang=jpn