月刊J-LIS 2020年8月号

自治体職員のためのデジタル技術の基礎知識 第5回 現実的な選択肢となったパブリッククラウド

プライベートクラウドの限界

 本誌の読者の多くは、クラウドサービスには、①パブリッククラウドと②プライベートクラウドがあることはご存じかと思います。しかし、自治体では両者の違いが意識されることはあまりありません。まだ日本の多くの自治体ではパブリッククラウドは利用されていないからです。
 自治体職員にとって、クラウドとはオンプレミスの対概念であり、外部のデータセンターでサーバーを共通化する、いわゆる自治体クラウドのことをイメージする方が多いと思います。これらは、パブリッククラウドではなく、プライベートクラウドです。パブリッククラウドといえば、Google Driveのように、誰でもインターネットから無差別に利用できる、自治体業務とは縁の薄いサービスのようにみなされています。しかし、このイメージは正解ではありません。パブリッククラウドは必ずしもインターネット経由であるとは限らず、専用線を利用する場合も少なくないですし、仮想的なプライベート領域を設けることも可能です。パブリッククラウドの本質は、コンピューター利用の完全な「サービス化」にあります。
 従来はコンピューターを利用する場合、あらかじめ使用量の見通しを立ててリソースを確保し、いったん調達すれば、5年程度は使い続けなければなりませんでした。この方式には次のような様々な無駄があります。

  • ・処理の最大負荷を、余裕を持って見積もらなければならないため、実際には使わない分のリソースにも予算を投じることになる。
  • ・情報システムの初期導入にも、更新にも、大きな手間とリードタイムがかかる。
  • ・いったん調達すると、実情に合わなくなっても容易に変更できない。
  • ・変化の激しいIT分野において、5年間、同じ製品や技術を使い続けなければならない。

 これらは、情報システムなのだから仕方のないことだ、と受け止めている方も少なくないと思います。しかし、パブリッククラウドでは、これらの無駄をなくすことが可能となります。

パブリッククラウドは何が違うのか

 パブリッククラウドは、事業者が保有する大量のコンピューターリソースを柔軟に割り振ることで、ユーザーがリソースを個々に囲い込むことなく共同利用することを可能とします。いわば、「所有」から「共有」へのパラダイム・シフトを実現したサービスです(図)。電気や水と同様の「サービス」なので、次のような便益を受けることができます。

  • ・使った分だけ支払えばよい。最大使用量分のコンピューターを確保する必要もない
  • ・いつでも使用するコンピューターのリソースを増やせるし、減らせる
  • ・従来は数週間あるいはそれ以上の期間かかっていたことが、早ければ数分でできてしまう
  • ・最新の技術・サービスをいつでも使える

プライベートクラウドには、これらの特徴は部分的にしかありません。例えば、自治体クラウドの導入はコスト削減をもたらしましたが、これは主として、自治体ごとに個別に情報システムを構築・運用していた非効率さを、サーバーの共同利用化や仮想化によって改善できたためです。
 いまや世の中でクラウドといえば、ほぼパブリッククラウドを指すようになりました。多くの民間企業が基幹系も含め社内システムの完全クラウド化に踏み切っており、諸外国政府・自治体でも随分以前から、当たり前のようにパブリッククラウドを使っています。こうした潮流から日本の多くの行政機関は取り残されてきましたが、政府でも2年程前から「クラウド・バイ・デフォルト」の原則を打ち出すようになりました。調達の際には、まずパブリッククラウドを第一候補として検討することを求めるものです。後述するように、安心して使えるようにするための制度整備も着実に進んでいます。

図 パブリッククラウドとプライベートクラウドの違い

図 パブリッククラウドとプライベートクラウドの違い

克服されつつあるパブリッククラウドの課題

 かつてパブリッククラウドを導入できない理由としては、移行のリスクの大きさ、契約・支払手段のミスマッチ、セキュリティへの懸念、知識・スキルの不足などいくらでも挙げることができました。しかし、これらはに示すように、もはや導入の制約条件ではなくなりつつあります。
 こうした環境の変化を背景に、日本の自治体でも、埼玉県、徳島県、北九州市、浜松市、福岡市などいくつかの自治体で、パブリッククラウドを利用する事例が現れ始めています。

表 パブリッククラウドへのかつての懸念と解決状況

表 パブリッククラウドへのかつての懸念と解決状況

パブリッククラウドは現実的な選択肢へ

 すべての情報システムがパブリッククラウドに向いているわけではありません。特定の機器でしか使えないソフトを用いている場合や、利用頻度が低く、移行コストにメリットが見合わない場合などは、オンプレミスやプライベートクラウドのままとした方が有利な場合があります。国のクラウド・バイ・デフォルト原則もあくまで第一「候補」とすることを求めるものであり、必ずしも常にパブリッククラウドを選定することを強要してはいません。しかし、パブリッククラウドは、従来は実現できなかったようなコスト削減や運用負荷の軽減を実現できる可能性をもたらします。初めから検討対象外としてしまっては、大きな機会損失をもたらしかねません。すでにパブリッククラウドは自治体にとっても現実的な選択肢となっているのです。

  • 〈参考〉「行政機関におけるパブリック・クラウドの活用に関する調査研究報告書」一般社団法人行政情報システム研究所(2020.3)
       https://www.iais.or.jp/reports/labreport/20200331/cloud2019/