月刊J-LIS 2020年8月号

多言語音声翻訳アプリ等の利用による多文化共生への取り組み

1 甲府市の取り組み

 甲府市は山梨県の中央に位置する県庁所在地で、平成31年4月1日から中核市に移行しました。本市を取り巻く環境としては、人口減少・少子高齢化の進行、自然災害の発生、地球環境問題の深刻化など厳しさを増していますが、一方では、リニア中央新幹線の新駅設置や中部横断自動車道の整備など、市域全体の活性化と未来を大きく拓く好機を迎えようとしています。
 こうした状況を踏まえて計画的に施策を推進するため、市政運営の指針として「第六次甲府市総合計画」を策定しています。
 近年の取り組みとしては、人口減少を克服するための「甲府市総合戦略」や、市民の笑顔とまちの元気があふれるまちづくりにつながる施策をとりまとめた「こうふ未来創り重点戦略プロジェクトNEXT」を策定して本市の目指す将来の姿に向け、職員が一丸となって取り組んでいます。
 また、2015年の国連サミットで採択された国際社会共通の目標であるSDGsの理念に賛同し、各種計画の先にあるゴールを意識した取り組みとすることの重要性に鑑み、意識啓発を目的として管理職以上の職員はSDGsのバッジを着用しています。

2 「第六次甲府市総合計画」が目指す都市像に向けて

(1)情報政策課による多文化共生への取り組み

 本市では情報政策課が庁内の情報機器に関する維持管理、各種計画等に基づいた取り組みに対してICT活用の観点から見た支援を行っています。今回紹介する多言語音声翻訳アプリのように、市民課が所管する多文化共生への取り組みに対して、情報政策課が翻訳機の導入に関する支援を行うといったものです。
 情報政策課の体系としては、ICTを活用した政策立案を担当する係と、内部系・基幹系システム及び庁内の情報機器全般の維持管理を担当する係に分かれています。私は政策立案を担当する情報政策係に所属しており、ICTを活用した各種取り組みの計画策定や、進行している計画の管理を担当しています。
 本市のICTを活用した各種取り組みの計画は、先述の第六次甲府市総合計画が目指す都市像の実現に向け、ICTを活用して市民目線での行政サービスの創出や低いコストで最適な行政サービスを目指した「甲府市地域情報化計画2016~2020」(以下「地域情報化計画」という。)となっています。
 地域情報化計画はのとおり、4つの基本目標と8つの施策の柱により構成されており、今回紹介する多言語音声翻訳アプリの導入は、施策の柱「(8)地域コミュニティの活性化」に位置付けた「多言語音声翻訳アプリ等の利用促進」に該当します。

図 地域情報化計画及び取り組み項目の体系図

図 地域情報化計画及び取り組み項目の体系図

(2)多言語音声翻訳アプリ等の利用促進

①甲府市における多国籍化の現状 
 本市では、外国人住民を取り巻く問題点に対して組織的に対応するため、「甲府市多文化共生庁内連絡会議」を設置しています。組織は外国人相談窓口を所管する市民部を中心に28の部署で横断的に構成され、会議では分野別に具体的な施策の計画を立てたり、施策の進捗管理や実績評価などを行います。例えば「地域活動・市民生活」分野では、ゴミの出し方の案内について外国人向けの冊子を作成して行う、といったものです。
 これらの取り組みにより、外国人が甲府市で生活していくうえで必要な情報を取得することができ、地域社会をつくるメンバーとして一緒に暮らしていける土台がつくられています。
 甲府市には、令和2年3月現在で5,539人の外国人が居住しています(表)

表 国別の居住数上位5か国(令和2年3月現在)

表 国別の居住数上位5か国(令和2年3月現在)

②導入を検討するに至った背景 
 で示すとおり多国籍化が進展するなか、多文化共生の推進を図るためには多言語対応の充実が必要となりますが、外国語を話せる専門員の雇用には人材確保の観点、パンフレットの作成では対応言語が限定的など、それぞれに課題がありました。
 なお、外国人相談窓口には4人の職員を配置しており、英語・中国語・韓国語に対応していますが、多国籍化が進むにつれ対応を求められる言語の種類もさらに増えてきています。このため、対応できない言語の場合には、片言の英語で手続きを行ったり、通訳の同伴を求めるなどしていました(ちなみに、甲府市ホームページは11言語、窓口設置のチラシは5言語に対応しています。)。
 行政が行うサービスは、国民健康保険に関することや子育てや学校に関することなど、生活に必要不可欠なものが多く、それらの内容を相手がしっかりと認識できるための伝達手段が重要となります。
 そこで、精度が高く簡易に使用できる翻訳機を使用することで、今後も進むであろう多言語化に対応でき、かつ正確性の向上も見込めるものとして、翻訳機の導入を検討することとなり、先述した地域情報化計画に位置付け、取り組みを開始することにしました。

(3) 「多言語音声翻訳アプリ等の利用促進」の導入と活用状況

①設置場所の選定
 設置場所の選定では、外国人の相談件数が比較的多い次の5か所の窓口としました。
 ・市民課の外国人相談係
 ・市役所の総合案内
 ・母子保健課
 ・子ども保育課
 ・観光案内所
 また、これらの窓口は庁舎の1階~3階に位置するため、各フロアに1台ずつタブレットを設置するという考えも含まれています。なお、基本的には行政手続きを行う窓口ですが、インバウンドの観点から観光案内所の窓口にも設置をしました。

②運用体制の検討
 運用体制については、設置場所の担当課と情報政策課の役割分担を明確にすることや、使用に関するルールを策定することなどを検討し、次のようにしました。
 ・設置場所の担当課=使用や他部署への貸し出しに関するルール策定
 ・情報政策課=翻訳機が使用できる環境の構築や機器の選定、また運用段階における故障時などの対応

③翻訳機の選定
 翻訳機の導入形態としては、機器ごとリースする形式のものもありますが、本市ではタブレットに在庫があったことから、独立行政法人情報通信研究機構(NICT)が開発した無料で使用できる音声翻訳アプリであるVoice Tra(ボイストラ)をタブレットで使用することにしました。なお、本市では庁内無線LANの整備も順次進めていたため、導入に際しての費用はかかっていません。

④実証実験
 音声翻訳アプリを利用する環境整備はスムーズでしたが、実際の業務に活用するためには、翻訳精度の面や使い勝手の面を確認して、問題なく市民が利用できるようにすることが必要だと考え、NICTと覚書を交わし、平成29年6月から平成30年3月まで、市民課の外国人相談係をはじめ5か所の窓口で試験導入をしました。
 実際に窓口で使用した職員のインタビューを中心に結果をまとめたところ、翻訳精度について、短文では問題ないが長文になると翻訳精度が落ちるものの、使用件数は5か所の窓口全体で月に70件を超えるなど、多くの外国人市民への対応で活躍しました。また、特別に職員への操作研修などは行わず直感的な操作が可能でした。以下はボイストラを使用した感想や意見です。
 ・使い方がわかりやすい
 ・幅広い言語に対応できる
 ・希少言語にも対応できる(ヒンディ語、マレー語、モンゴル語、ロシア語、ネパール語、フィリピン語、クメール語他)
 ・正しく翻訳されているか双方確認ができる
 ・相談員の不安解消が安心感につながっている

⑤運用開始
 実証実験により、市民サービスの向上につながるだけでなく、職員の負担軽減にもつながるなどの効果が認められたため、平成30年4月から本格導入をすることとなりました。
 本格導入に際しては、長文での翻訳精度が落ちるとの実証実験の結果から、相談数が多く内容も多岐にわたる外国人相談窓口については、長文の翻訳精度が高く行政用語が実装されているなど、自治体の窓口で使用しやすい他のアプリを導入することにしました(他の4か所については、ボイストラを継続して使用しています。)。

⑥活用状況
 令和元年度(1年間)の利用件数と主な相談内容は次のとおりです。
・窓口及び電話での相談件数=968件。そのうち翻訳機使用数31件。
・主な相談内容=在留に関係する件がほぼ半数で、その他は国民健康保険料、税金など。
・使用した言語=最多が中国語、ついで英語、韓国語、ポルトガル語、ベトナム語など。

3 おわりに

 本市の多文化共生に対する取り組みの一環として、音声翻訳アプリを設置することで言語の壁を解消した事例について紹介いたしました。令和元年度の翻訳機の使用は年間31件と、常に使用するという状況ではありませんが、職員では対応できない言語への対応ができること、住民の利便性向上効果、職員の負担軽減効果を考えると、利用価値は十分にあると思います。
 なお、今回紹介しました音声翻訳アプリはAIの機械学習により翻訳精度が高いのが特徴で、実際に使用したところ性能の高さを十分に実感できました。本市では今後もAIなど最新のICTを活用して業務の効率化を図ると同時に市民サービスの向上を図るための調査研究を進めていきます。
 人口減少社会という未知の局面を迎えるなか、持続可能な地域社会の構築に向けた対応が急務となっています。こうした状況下において、国籍や民族などの違う人たちが協働して取り組むことができるまちづくりは、とても重要なことだと思います。
 翻訳機を導入したことにより、言語の壁は多少なりとも解消されたと評価していますが、文化や風習、価値観の相違など、様々な国の人が住みやすいまちにするためには、まだまだ解決すべき課題が山積しています。
 今般の新型コロナウイルス感染症の対応により、これまでのように市民が来庁することを前提に組み立てられたサービス形態を、見直さなければならない時期にきていることを実感しました。オンラインであらゆる申請が可能になれば、平日の日中に市役所へ足を運ぶ必要がなくなるなど、市民満足度も大幅に向上しますし、行政も業務の効率化を図ることができます。
 外国人住民への対応も次のフェーズに入っていると考えます。今後も多文化共生の取り組みを継続していくなかで、理想的な多文化共生社会の構築に向けて取り組んでいきたいと考えています。